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転妻カラス

低収入転妻の苦労、倹約、労使・貧困問題についてぼやくブログ

学歴に毒された空気

diamond.jp

学歴詐称ニュースに触れて改めて思う。

 

学歴に始まり、学歴に終わる世の中だと。

 

日頃、学歴にまつわる噂を聞かない日はない。

誰それは国立大卒なのに賢くない、とか、誰それは国立大卒だからやっぱり出来がいいよね、とか、誰それは高卒なのに仕事ができる、とか、高卒だから年収が低いんだよね、とか。

 

しかし、社会に出ると、仕事を前にすれば学歴なんてほとんど関係がない。

学歴の高さが関係するのは、「人脈」「そこで出会い、見聞きした情報」の差くらいなものだ。仕事によっては、それが決定的に成果の差になって表れることもあるかもしれない。

それよりも、本人がつかんできた情報処理能力や、そのノウハウや、読解力や、知識の深さや、ひらめき力などのほうが、ずっと大切だと思う。

確かに、国公立大卒の人材は、その能力が秀でている傾向はあるかもしれない。

 

でも、絶対視するほどのものか。

同じようなレベルの大学同士であるのに、偏差値の高低で人材の質を決め付けるなんて、人材発掘の点から見てマイナスでしかないように思える。上の記事にはうなずけた。

 

転妻カラスもいろんな学歴の人々と共に働いたことがある。

仕事の関係で、有名大卒の、優秀な人材であると思われる大手企業の社員と交渉したり、メールのやりとりをしたりしたこともある。

その方たちは確かに優秀であり、飲食業関連の職場で見かける主婦のパートさんたちに比べると、明らかに文章作成能力や情報処理能力は高かった。

 

けれど、たまに「え???」と感じさせられたこともあった。

 

例えば、こちらが枠組みを作った文章に対して「こうしてください」と返って来た返答の中身に、

「日本語の主述が合っていない」「漢字の誤り」「ことわざの解釈の誤り」

が散見されて、使い物にならなかったことがある。

担当者がネットで適当に調べた情報でこちらに依頼を出し、その責任者もスルーしたらしい。そのままでは通せない内容だったので、訂正の申し出をした。

 

そんな経験もあるので、上の記事は興味深かった。

高学歴で優秀な人材でも、本質的に仕事能力が高いとは言えない。

逆に、そこそこの学歴でも、本質的に仕事能力が高いほうが世の中としては助かる。

それなのに、上の記事のように「偏差値の高低で仕事の出来不出来が決定される」風潮があると、仕事の質が衰えるという結果にもつながるような気がする。

 

この頃は大手の雑誌や書籍にもかつてはあり得なかった単純ミスがたまに目に付く。

職場の資料にもあり得ないミスが発生して、訂正する経費が馬鹿にならない。

 

これも学歴偏重が招いた質の低下のような気がしてしまう。

 

新聞やテレビを観ていて、自分の詳しい分野について触れられていると、

「担当者の勉強不足!」と、脱力することもある。

自分の知らない分野であれば、専門家が話していれば「ああ、そうか」と納得するが、

詳しい分野の場合は、「この人はちょっと勉強しただけの素人だ」とわかってしまう。

 

学歴の高い専門家だからと、本当に詳しいとは限らず、

巷の素人研究家のほうが精密で正しい知識を持っている例はあとを絶たない。

でも、世の中は、素人同然の学歴の高い専門家を有難がる傾向が高い。

 

昨日テレビでこんなコメントを耳にした。

「テレビでコメントをさせる場合なども、その人の学歴や職歴が非常に大事。株について語らせるなら、素人のタレントで株の知識が深い人もいるかもしれないが、銀行などで高い地位にいた金融専門家のほうが信頼出来るため、そういう人を敢えて起用する。であるのに学歴や経歴詐称をされると、世の中の信頼関係が崩れてしまう」

という趣旨の発言だった。

 

確かにその通りではある。

でも、そこに、問題の根っこがあるような気もする。

株に詳しい発言が欲しいなら、本当に詳しいかどうかわからない金融専門家を闇雲に信頼してもいいのか。

もしかすると、株に詳しい素人のタレントの方が、視聴者にとり有益な情報を提供出来るかもしれないのに。

そういう見極めが誰にも出来ないから、わかりやすい偏差値で決めておく。

それだと、最終的に質のいい物が出てこないことにならないだろうか。

 

学歴詐称問題云々より、学歴にこだわり過ぎている世の中の傾向の方に問題があるように思う。

 

次は、学歴の逆差別を目にしたケース。

転妻カラスが以前パートに通っていた会社の部署に

ある日、国公立大学の大学院卒の新入社員が配属された。新人研修の一貫だったのだろう。

 

彼が配属される噂を聞き付けた女性パートたちはザワ付き出した。

「○○大の大学院卒がなんでうちなんかに就職するの? (ウザい)」

 

それまで、気が良くシッカリ者のように見えていた同僚たちのイメージがガラガラと崩れたのはその日から。

彼が配属される前から、彼を見もしないで彼を叩く声が高くなり、現物が背の低いおとなしそうな男性であったことから、

いきなりイジメモードに突入した。

 

そこは電話の受付部署だったため、仕事は個人プレーだった。

転妻カラスは短期パートだったので、レギュラーの女性陣とは距離を置いていたから、

遠巻きに状況を見ていた。

 

恐らく高卒が大半だったパートたちにとり、「国立大の大学院卒」は憎むべき嫉妬の対象だったのだろう。

その人物がイケメンでバリバリだったなら、反応も180度違ったのだろうが。

「国立大の大学院卒なのに背が低くてイケメンじゃない、覇気がない、高卒のウチらと同じ仕事をして、給料はあっちが二倍か三倍。許せない!!! 仕事が出来ても出来なくても、とにかく叩いてイジメてやる」みたいな

恨みつらみがハッキリと目に見えて恐ろしかった。

 

彼が部署のデスクに着いた途端に、仕事を始める前から、日ごろは優しい彼女たちの顔付も言葉遣いもハッキリと険悪だった。

 

彼の仕事ぶりはごく平凡で、誠実に淡々と業務をこなしていた。

偏差値の高い大学院卒でも、初日からエリート用の仕事しかしないわけではない。パートやバイトと同じ仕事も、将来のために経験する必要がある。そのための投資という意味で、彼の給料が高いのも当然だろう。

それが現場のパートには気に食わなかったらしい。似たようなケースを他でも目にした。

 

彼は過酷なイジメを経験したことで、この先昇進した場合も、現場のパートの扱いがいかに難しいかを身をもって知ったはずで、

それはそれでいい勉強だったのかもしれないが。

そういう意味では、新人しごきもパートたちの役割だったのかもしれないが。

 

学歴詐称があとを絶たないということは、それだけ学歴にこだわり過ぎる人口が多いということ。

国立大卒であれば、仕事が出来なくても敬う空気があるいっぽうで、国立大卒であれば仕事が出来てもイジメる空気もまた存在し、

いずれにしても、私たちは学歴の呪縛に振り回されている。

 

そう言うお前は学歴が気にならないのか? と訊かれるなら、

はい、その通り。なぜなら、お金が大好きな転妻カラスにとり、学歴などは二の次。

 学歴が高くても、低くても、

貯金がいくらあるか、一生の間にいくら稼げるか、いくら残せるか。それが重要。

お金だけがすべての人なので! (笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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