転妻カラス

低収入転妻の苦労、倹約、労使・貧困問題についてぼやくブログ

お金=幸せではないと推察したこと

貧乏な転妻カラスは

金持ちに憧れていた。

 

お金があれば、欲しい物は何でも買えて、やりたいことは何でもできると、想像して。

 

でも、年収500万から1000万ゾーンは、幸福度がもっとも低いゾーンでもあると聞いた。

 

このゾーンは、稼ぐのに辛い思いをしていながら、辛い倹約もしなければならない立場なので、幸福を感じにくいのかもしれない。

 

あるとき、デパートの入口で友達と待ち合わせをしたことがあった。

転妻カラスが時間を間違えたため、そこに30分座っていた。

そして、気が付いた。

入ってすぐの服飾雑貨売り場を行き来する女性たちが、皆、どんよりとした「不幸そうな」顔をしていたのだ!

 

どうしてだろう。この人たちはデパートで買い物しようと、ブラブラできる余裕のある人たちなのに。どうして、不幸そうな顔をしているのだろう。

 

いっぽうで、通勤に利用する電車に乗っている人たちはどうだろう。不思議なことに、ここで見かけるサラリーマンやバイト帰りらしい女性たちは、さほど不幸そうには見えない。

幸せそうという感じもしない代わりに、格別不幸という感じにも見えない。

 

とても不思議だったので、転妻カラスと似たような貧乏暮らしをしている友達に話してみた。すると、

「私も似たようなことを感じたことがある。通っているフィットネスクラブに一人だけセレブの奥様がいるんだけど、彼女ちっとも幸せそうに見えないんだよね」

 

そこで、お金持ちが幸せではない理由を二人で分析してみたのだった。

 

1 お金持ちはお金で得られる満足の度合いが低い。

 

我々のような貧乏人であれば、スーパーで100円のお菓子を買っても、おいしい、嬉しい、と思える。

ところが、お金持ちは、一流の高級グルメ店で食事をしても、嬉しいどころか、「この店はまずい。あっちの店の方がいいワインを出していた」などと、絶えず不満が湧いてしまう。

行きたいお店に我慢しないですぐ入れる分、満足度も低い。

 

のでは??? と、貧乏人は想像した。

 

2 お金持ちはお金で自分を縛る傾向がある。

 

これは見ていて「不便そうだな」と感じる。

まわりに何人か、今もお金持ち、または、昔金持ちだった知り合いを知っている。

彼女たち(金持ち男性の知り合いがいないため、すべて女性)の特徴は、

プライドが高く、身なりの価格で自分を表現しようとすること。

だから、デパートでそれなりの価格の服を、常に買い物していて、まわりに見せびらかしている。

そんな風に常にまわりから評価されたいと願うのは、不便なことだろう。

いちいち賞賛してくれる相手を見付けなければならないのだから。

この貧困時代では、素直に賞賛してくれる友達はなかなか見付かりにくいと思う。

 

何より、収入が減っても、同じことを続けていれば、たちまち貧困に落ちてしまうのが痛い。

現実にそういう知り合いがいて、キャッシングをくり返し、自己破産するか? 生活保護か? という話が出ていた。

 

収入が減ったら、支出も減らせばいいのに? なんて、貧乏しか知らない転妻カラスは簡単に思うが、

お金の密の味を知っている人にとっては、倹約することが物凄く強烈なストレスなのだろう。

 

姑もこのタイプに属する。そこそこいい家の生まれで、貧乏を知らなかったタイプ。

服の贅沢はやめたようなのでマシだが、食べ物の贅沢がひどい。

年金生活なのに、日々の食費に1000円以上かけてくれている。そして、息子夫婦に泣きついているわけ。

そんな使い方をしていれば、どんな金持ちでも破産します。

ということが、元金持ちにはわからないらしい。気の毒な話だ。

 

3 自分を高める努力をやめることができない。

 

逆説のようだが、お金持ちは怠けることができない。

パートに行かなくてもいい代わりに、自分を表現するには、買い物するか自分を磨くしかない。

買い物には虚しさがつきまとうし、自分磨きにはきりがない。

例えば、エステで美を追求しても、モデルみたいに完璧に美しくなれるはずはないし、習い事で上を目指しても、プロになんてまずなれない。

 

その点、勤め人はマシだ。

仕事はどんな人でもそこそこのレベルは満たすことができる。

もちろん、完璧にこなすなんて無理だが、努力を続ければ、自己満足とまわりの満足をある程度は得られる。

その職場では無理だとしても、仕事のレベルと給与を下げれば、自分に見合う仕事は必ずあって、頑張ればそこそこ満足が得られる。

その上、お金をもらうという満足がある。

 

このような結論を出して、お金持ちに憧れるのをやめてみた。

 

貧乏人の負け惜しみだ。

 

そして、これも貧困に陥ってしまえば、こんなのん気なことは言っていられなくなるのかもしれない。