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転妻カラス

低収入転妻の苦労、倹約、労使・貧困問題についてぼやくブログ

人間関係の息苦しさ

転妻ガラスもようやく愚痴をいったんおいて、もう一度、転妻のメリットについて思い出してみることにした。

 

定住出来ないということは、濃密な人間関係に巻き込まれる苦しみが少ない、ということでもある。

 

転妻カラスは、首都圏から遠く離れた人口のさほど多くない地方都市でしばらく暮らした。

そこから、たまに遊びに出かけていた観光地があった。

そこで日帰り温泉に入ったり、ご飯を食べたりしたのだが、

何度か通ううちに違和感を感じ始めた。

観光ホテルは例外として、地元の人が集っている定食屋や喫茶店に入ると、ジロジロ見られる。

店で買い物をしようとすると、ほかの客に対する態度と、こちらに対する態度が大きく違う。

隣りの席に座ったご婦人の客たちが、転妻カラスたちの言葉を耳にして、あからさまに「よその人たちは」というテーマで雑談を始める。

そこは風光明媚で食べ物もおいしい町だったが、何となく足が遠のくようになった。

 

あとで考えたものだった。あの町は、住民のほとんどがあの町で生まれて死んでいく。

よそから来るのは観光客だけ。もしもよその土地から嫁でも来たら、温かく迎えてくれるだろうか。

そのような町で一生を暮らす人の中には、息苦しさに耐えられず、東京でもどこでも、とにかくよその土地に逃げ出したいと思う人もいるのではないか。

 

そういう土地の息苦しさは、岩井志麻子がたびたび書いていたし、

この頃読んだ辻村深月の「ゼロハチゼロナナ」のテーマの一つにもなっていた。

 

転妻もよその土地でイジメなどに巻き込まれることがあるが、

転妻の救いは、嫌な人間関係には必ず終わりがあるということだ。

 

だから、定住している友だちに「羨ましい」と言われる理由もわからないわけではない。

その友だちは、隣りの奥様と十数年もの間、揉めている。

互いに苦しくてたまらないが、どちらも逃げれない。

そういう苦しみだけは、転妻にはない。

 

その代わりに地獄のような孤独はあるが。

 

どちらがましとは言えない。どちらも苦しいのだろう。

 

 

 

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