転妻カラス

低収入転妻の苦労、倹約、労使・貧困問題についてぼやくブログ

超短編ノベル・転妻とダンボール

結婚してから六回目の引越しをしている転妻カラスが、夜の十時半に、たった独りで荷ほどきをしていた。

朝八時に引っ越し屋さんが来てから、十二時間以上働きづめなので、手足と腰が痛いのはもちろん、ランナーズハイのような妙な高揚感にも襲われている。

 

とりあえず、旦那と私の寝る場所だけ確保して、今日はもうやめよう。

旦那が会社から帰って来る前にシャワーも浴びておきたいし。

……それにしても、空のダンボール箱だけでもつぶして片づけておきたいな。

 

と思っていた、そのとき、

「お手伝いしましょうか?」と、若い男性の声。

ぎゃあっ! この物件、いわくつきだったの?

 

ビクビクしながら振り返った転妻カラスが見た男。

それは、憧れのアイドルその人だった。

 

なんで?あり得ないよこんなこと。

 

常識ではそうだが、何しろ転妻カラスはランナーズハイ状態だ。

あんまり憧れているから、その願いが天に通じたんだ、

と、疲れた心理が勝手に受け入れてしまい、

アイドルにダンボール箱をつぶす手伝いをしてもらった。

 

アイドルに会えたことより、ダンボールをつぶしてもらえたことのほうが嬉しい。

と、現金に思う転妻カラス。それくらいにくたびれていたのだ。

 

「いつも独りでお引越し大変ですね。肩をおもみしてもいいですか?」

王子様のようにささやくアイドルに「ありがとう」と言い、背中を向ける転妻カラスの思うことはこうだった。

 

誰かに肩を揉んでもらえること自体がうれしいよ。

貴方がアイドルであろうとなかろうと。

 

さあ、これで、ダンボールの山だけでも片づいたよね。明日も頑張るぞ。

 

朝日に包まれて、転妻カラスは目を覚ました。

 

ああ、夢だったのか……。

 

残念なのは、アイドルが夢だったことではなく、

引越しが夢ではなかったことだった。