転妻カラス

低収入転妻の苦労、倹約、労使・貧困問題についてぼやくブログ

頑張って生きたのに、年老いてから貧困に。

日本の高齢者の5人に1人は貧困老人だと言われているが、

実家の親と、旦那の親と、

どちらも貧困とまでは行かないまでも、

かなり貧乏である。

 

どちらにも持ち家があり、預貯金と保険もあり、月に10万~20万ほどの年金を受給している。

食べたい物が食べれて、具合の悪い時は病院に行けて、年に一度くらいなら温泉に一泊程度の旅行に行ける。

でも、余裕のある生活にはほど遠い。

 

自分が入るお墓や、葬儀代もケチらなければ、日々の食費に事欠いてしまう。

持ち家のリフォーム代だとか光熱費、高い保険料などを払えば、年金だけでは生活費が足りず、どちらの家でも息子から月に2万~数万のこずかいを貰っている。

 

まわりを見れば、こういう家庭がとても多い。

子供にこずかいを貰わなければ、年金を受給しながらも介護施設やスーパーなどで働いている方が多く、それでも貯金総額は100万前後という話も珍しくない。

 

うちの親も旦那の親も、取り立てて贅沢をしてきたわけではない。

姑に関しては、以前は着物や宝石などを買い込んでいた時期もあったようだし、今も日々の食費に1000円以上もかけている。

でも、旅行に行くこともなく、ひたすら真面目に、真面目過ぎるほど堅く生きてきた。

うちの親も若い頃はデパートの服を買ったり、旅行に出かけていたりして、それなりにお金を使っていた時期もあった。

でも、旅行と行っても1~2年に一度、一泊の温泉旅行に行って来ただけだ。

デパートの服にしても、親戚の結婚式のために2万程度のスーツを買ったくらいのこと。

何十年も働いてきた社会人として当然の暮らしをしてきただけだった。

ちなみに、うちの親も旦那の親も共稼ぎだった。

 

それなのに、貧乏というのはどういうことなんだろう。親たちの暮らしぶりを見ていると、日本は本当に豊かなのかと首を傾げたくなる。

 

どちらの親も貧困家庭ではなく、5人に1人には含まれない。

持ち家があり、子供たちが独立し、自分たちの老後の暮らしの足しにと、シルバーさんとして介護や清掃のお仕事に就かれているような方たちも、貧困層ではない。

 

でも、この貧困層ではない、普通の平凡な老人たちも、みんなとても貧乏なのだ。

 

老人になると、高齢者用のいろんな品々(介護用のベッドやオムツなど)を購入する費用もかかり、補助が出るとしても、思いのほか生活費がアップしてしまう。

そんなところから、生活に余裕があったような人達も、これといって贅沢をした覚えもないのに、年金とこずかいを貰いながらも、気が付けば貧乏になっている。

うちの親も月々の食費を一人当たり15,000円以内に収めなければやっていけないと言っている。

老人といえども、純粋に生きて行くお金以外に、人と交際したり子供の家に行ったりする交通費も必要なので、そうしたお金もとっておかなければならない。

多くの自治体で老人の交通費を無料にするシステムが導入されているけれど、それでも交通費は思いの外家計に響く。田舎なら車が要るからなおさらだ。

 

まわりの老人達を見ていると、貧困老人は5人に1人だとしても、その人たちを含めた貧乏な老人なら、5人に4人はそうだと思う。(余裕のある老人もまた、5人に1人の割合じゃないのか。)

今はその子供も多くも貧乏である。

親のまわりを見ると、親が「うちはマシだよ」と言い切るくらいに、生活保護ぎりぎりの生活レベルの方も少なくない。

その方達にも持ち家があるから生活保護は貰えない。

貧困層とは認められないこういう方達も、自分の家でコーヒーも淹れられないほど貧乏なのだ。

 

真面目に、頑張って働いて、真っ当に生きて来て、税金と年金を払い、

結果がこの貧乏暮らしかと思うと、やるせない。

その上、この頃は暴走老人が揶揄されるなどして、社会全体的に老人を排斥するような雰囲気がある。

誰も老人になりたくてなったわけではないし、暴走老人みたいなのは悪目立ちしているだけのことで、ほんの一部の人の話に過ぎないのに。

 

この世代にしてこれだ。

中高年世代が老人になった頃には、日本はどうなっているだろう。考えるのも恐ろしい。

子供のいない家庭ではなおさら。

 

日本の高齢者に対するシステムは素晴らしい。

年金が破たんすると危惧されているものの、本当に破たんするまでまだ時間は相当あると思う。

介護システムもきちんと整っていて、困っていれば助けてもらえる。

介護用品を買う補助がもらえるのも有難い話だ。

 

だから、現状、日本や自治体としては出来る限りのことをしてくれていると思っている。

それでも貧乏になってしまうのは、それ以外のシステムの問題だ。

 

家と教育費が高過ぎる。異常なレベル。

 

教育を得なければ貧困に陥る学歴社会のシステムも異常。

 

それに比べて給与が低過ぎる。多くの正社員が過剰な長時間労働により、時給に換算するとバイトの時給より低いような賃金で働いている。(残業代が払われないシステムの下で勤務されている方も多い。管理職は特に。)

 

とにかく、使用者側の一方的な無茶な命令による長時間労働や、無茶な転勤や、そういったものがなくなるだけでも、だいぶ家計は助かるはずだ。

例えば、サラリーマンでも在宅でアフィリエイトなどの副業が出来たり、というような可能性が広がる。

 

現状はともかく、

貧乏で平凡な転妻カラスに今できることは、

ドケチ生活を貫くこと。

稼げるうちは稼ぐこと。

 

そして、他にも稼げる手段があるなら目を向けること。

 

でも、怪しげなビジネスには近寄らない。

業者の口車には載らない。

 

…というように、ありったけの努力をしても、

きっと一般の貧乏サラリーマン家庭は

やはり貧乏な老後を迎えるのだろうな。

カァ、やるせないよ…。

親の終活とお墓

旦那の転勤生活をきっかけに始まった転妻カラスの断捨離に影響されて、

実家の母も断捨離を始めた。

部屋の片づけをして、あれも、これも、要らない、ということになり、

久々に帰省してみると、見違えるほど広いリビングになっていた。

 

断捨離を機に、終活にも目を向け始めた母に、

お墓問題を提案した。

当初は気が進まないようでいた母も

まわりの友達と話し合ったりした結果、早めにお墓と葬儀の準備を始めたいと言うようになった。

 

そして、某著名な寺院が募集していた永代供養の墓を、母と一緒に見に行った。

その寺院は一家族当たり100万、年会費無しというシステム。

実家の家族は三名なので、一人当たりの額は33万円だ。

 

もっと安いお墓はないかと、さらにお墓探しを続けた母が、次に見付けたのは、実家の近所の寺院が営む永代供養のお墓だった。

こちらは、一人当たり9万円。

この寺院で30万円ほど(法要、戒名、花代など諸々込み)で葬儀も営めると言う。

寺院が営んでいるという安心感もあり、こちらで契約する可能性が高くなった。

 

転妻カラスが調べたところ、大手の霊園でも続々と似たようなシステムが導入されるようになっていた。

但し、霊園であれば葬儀代は別で葬儀社などに依頼することになる。

だから、寺院一つで契約し、何もかも込み込みで、というシステムは、転妻カラス家でも検討したい。

 

親の終活をきっかけに、転妻カラスも終活問題について真剣に考えるようになった。

お墓の見学に行ったりもしたおかげで、永代供養のシステムについても納得がいくようになった。

 

お墓探しを始める前は、樹木葬を考えていたのだが、故人一人一人に樹木が一本という形だと、最低でも50万円はするようだ。維持費にコストがかかるのだろう。

 

そこで、最近の永代供養は、石造りのロッカーのような骨壺に遺骨を収容するタイプが多いようだ。

お彼岸などには数十名から数百名単位の遺族を集めた合同の法要が営まれる。

母が見付けた寺院もそうしたシステムで供養がおこなわれているらしい。

そうした形でなければ、故人一人当たりに50万以上はかかり、

従来型のお墓であれば、100万以上はする。

 

故人の遺骨は土に埋めてそこに石塔を建てる。そういう昔ながらのお墓は急速に減っているようだ。子孫がいなくなれば、何百万も払ってそういうお墓を建てる意味はなくなってしまう。

子孫がいても転勤だの何だのと生活の変化が多い今、お参りにも度々行けるものではない。

 

何より、遺骨を大事にお守りし、供養して下さる誰かがいてくれることが安心感につながる。

多くの永代供養の寺で、十数年から数十年後に遺骨をまとめて合祀し、そこに観音像を建てたりする流れになっているようだ。そうして永代に渡り供養してもらえるシステムらしい。

子孫のいない我が家のような場合は、もっとも安心できる形だと思う。

日本がこの先どんなに変わっても、こういうシステムが確立された寺院が潰れることはないと思う。

檀家が減り、経営が苦しい寺としても、こんな形で檀家に変わる人々や霊と新たに縁が結べれば、寺本来の役割的にも悪くない話ではないだろうか。

 

貧乏な我が家では、

葬儀やお墓にかかる費用は何より先に減らしたい支出だ。

浮いたお金で、母は生きている間に少しでも旅行やレジャーに行って、

残り少ない人生を楽しみたいと思っているらしい。

今の年金生活者は、支出をどこかで削らなければ、残り少ない健康な時間を楽しみに充てるなんて適わないのだ。

 

 

 

 

 

 

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株に笑い、株に泣く。

貧乏暇なしのパート主婦である転妻カラスは、

GW中もバタバタしていて、

いつしか前のブログを更新してから一ヶ月も過ぎていた。

この間もご来訪下さった方々がいらっしゃり、

読者になって下さった方もいらっしゃる。

大変ありがたく感じております。

 

さて、GW中に、昔録画したまま置いてあったビデオを見直していた。

そこにニュースが紛れていたのだが、

「今日の為替と株の値動き」が興味深かった。

 

時は1989年。

平成に直せば元年にあたるこの年、日本は岩戸景気に沸き、バブルの好景気たけなわだった。

プリンセスプリンセスが流行り、「一杯のかけそば」がベストセラーになった。

 

下は、その年最後の株取引がおこなわれた日のデータ。

 

1ドル 143円38銭~48銭 (1円23銭安)

平均株価 38,885円47銭(前日比8円53銭高)

東証指数 2,878.44 (8,12)

国債先物 5.518% (0.013%)

 

世界が今日のような貧困時代になるとは夢にも思わなかった当時、

この数字を語るアナウンサーの口調もどこか牧歌的に聞こえた。

 

一方、本日確認したデータは

 

1ドル 107.10-11円

平均株価 16,147.38円

 

と、27年の間にこれほど劇的に変化しているのだった。

 

年次で見る日経平均株価の推移にも、上のデータがぴたりと反映されている。

 

日経平均株価の推移 - 世界経済のネタ帳

 

グラフで見るとさらにわかりやすい。

 

その頃も今と変わりなく貧乏だった転妻カラスが

ある時同窓会で出会った先輩は、

株で大儲けしていた。

先輩はまだ20代だったが、「怖いほど儲かるから、みんなも株取引をしてください」と語っていたものだ。

 

今では考えられないが、バブル経済の好景気に沸いていた当時、

若者は、お金の話なんかしたり、株取引をやったり、国民年金を払ったりしている友達や先輩を

 

笑って無視していた(( ゚Д゚)

 

今ふり返ると、笑っていた私達の方がよほど笑われるような立場だったと言うのに。

若いうちは楽しまなきゃ! とお金もないのに海外旅行をしたり、デパートで高価な服を買ってみたりして、

 

まわりにいっぱい生えていた金の成る木の横を素通りしていた。

 

若くても先を見通す目があって、お金の勉強をしていたら、

バイト代をコツコツと少額でも株に充てて、今でも一部は残っていたかもしれない。

でも、そんな才覚なんて持ちようもなかった。

親世代自体も「若いうちにお金お金なんて言うのはみっともない」といった考え方だった。貧乏だった親たちもバブル時代はそれなりに儲かり、いくらでも稼げると錯覚していたようだ。

 

お金なんて真面目に働けばいくらでも貯められるのだから、若いうちから金儲けを考えたり、老後のために貯金ばかりしているのはさもしい、というように皆が思っていた時代だった。

ああ、未来を予測する能力があったなら。

 

バブル時代はこのように大儲けして不動産を買い、さらに資産を殖やした方も多かった。

一方には、不動産に巨額の資金をつぎ込み、その後破産された方も多かったけれど。

 

人は若い頃に見た栄華が忘れられないのか、

当時を知る世代にはノーテンキな浪費家が多い気がする。

うちの姑もまさにそれだし、いまだにデパート通いをやめられない友達もいる。

時代が変わったこと、息子や夫の収入が増えないことが頭ではわかっていても、現実を受け入れられないのだろう。

もともと貧乏な転妻カラスは今も昔も変わりなく貧乏でドケチだが。

 

姑も株で儲けた口だった。当時は儲けたいと真剣に考え、大手の証券会社で手堅く投資しておけば、必ず儲かった。

 

でも、その後の経済の悪化で、姑の資産もかなり減ったようだ。株が下がり出していた頃、「下がった」「上がらない」という話ばかりしていたから。

その頃から旦那の家の家計は坂道を転げ落ちるように悪化していった。

 

元々貧乏だった実家の親には好景気も不況もほとんど関係がなかった。

そのおかげで、不況になり金利が下がっても打撃がなかったと話していたことがある。

 

資産家は資産があるからこそ資産を減らし、お金を使う癖だけは残るからタチが悪いとも言えた。

 

この頃、一人の友達が離婚を考えていると言う。

ご主人が何年にも渡り株にのめり込み、生活費を使い込んで家計を圧迫しているからだそうだ。

ご主人もきっと株で儲けて家族にいい暮らしをさせたいと思っていたはずだ。

友達も儲かっていたなら離婚など考えなかっただろう。

 

身の回りでは今、株で儲けた人の話を聞かない。それが原因で家庭が破たんしたとか、老後の年金をつぎ込んで貧困に陥っているとか、そんな話はよく耳にする。

 

それでも、うまくやれば儲かるのでは???

と、投資に一縷の望みを託してしまいそうになっているお金が大好きな転妻カラス。

貧乏に別れを告げたい。その望みが適う日は来るのか???

 

ドラマよりもずっと結末が気になっている。

夢みたいな希望にすがり、

貧乏な日常をやり過ごしている今日この頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

うちの上司が会社を訴えようとしていたらしい。

転妻カラスのパート先には、他社・他業種から転職してきた従業員が多い。

 

世間を広く知っているせいなのか、どうなのか、

 

中には個性的な人もいる。

 

ネットニュースで読んだ記事を話題にして、

 

法律に触れないように、従業員に残業代を支払わなくても良い制度が作られていた某企業について噂していたところ、上司から思いがけない話を聞いた。

 

「わたしもこの会社に入社した当時、この会社を訴えるつもりだったんです。

いろんな条件が、入社時に聞いた話と全然違った。

嘘ばっかりでした。

わたしの前任者に止められたので、思い止まったんです。今も訴えてやりたいと思ってます」

 

ということだった。

 

……世間によくある話だ。

 

会社という組織は、

何とかして従業員を丸め込み、

出来るだけ安い給料で、出来るだけ長く働かせ、

なおかつブラックの汚名を広めまいとし、

あの手この手で悪知恵の数々を振り絞る。

 

上で話題にした某企業はその典型例。

 

どこの会社も似たり寄ったりだと思う。

 

パートを転々とせざるを得ない転妻カラスは

ブラック寄りの企業と縁が深かった。だから、そこで働く正社員の悲喜こもごもを見聞きする機会がたくさんあった。

 

今や、この世でもっとも信頼出来ないのは、企業という組織だと思うに至ったのである。

社会人はお金を得る対価として、会社という名の魑魅魍魎とも何とかお付き合いをしていかなければならない。

 

転妻カラスの旦那の会社も、何とかして法に触れない範囲の転勤を行使させるか、キチンと計算している。

 

もちろん、転勤族とその家族が生きようが死のうが、知ったことではないだろう。

 

転妻カラスはもはや悟った。

ブラック企業探しなんて無意味。

ブラックじゃない企業を探す方が早い。なぜなら、その数が極少だから。

ほとんどの人材は、クリーンな企業で働く幸運をつかむのが至難の技だ。

そう思うと、少し諦めが付く。

 

少し古い記事だが、世の中にはこうした正義の味方みたいな会社もあるのかと、目からウロコだった。

 

http://mainichi.jp/articles/20151130/ddm/013/100/022000c

「離職防ぐおしどり転勤」

 

これらの会社は「転勤による従業員の生活変化に配慮している」点だけ見ても、称えられるべきだ。

 

ブラックな企業の話なんて有り触れ過ぎていて、もうする気にならない。

それよりも、善意ある企業の噂を大いに広めたいものだ。

年金って本当のところどうなの?

年金が危ない、企業退職金が危ない、老後貯金に1億はないと危ない…

 

世の中「危ない」情報ばかりである。

 

で、実際のところどうなんだろう?

 

この記事には「ナルホドな」と思った。

 

news.infoseek.co.jp

 

年金や退職金が「危ない」、老後資金に1億はないと「危ない」ということにしておけば、

 

金融業界が儲かる仕組みだったわけか。

 

実際、転妻カラスもこういう噂に踊らされて、いくつかの金融商品を購入したのであった。

お金のために、旦那の転勤に振り回されてきた転妻が、やっと定年となっても、そのお金がもらえないなんて、死んでも死にきれない悔しさである。

 

こういう「老後・危ない説」ばかり飛び交えば、一般の消費がますます伸び悩む。

持たざる層は、どうせどんなに努力しても報われない思いが強まり、

少しは持つ層も我慢ばかり強いられて楽しくない。

 

年金が破たんするかどうかは、見方や経済の動向により、一概には言えない。

 

ということがわかれば、毎日の生活も少しは楽しくなりそうだ。

 

何より、年金を破たんさせないために、年金を積み立てるモチベーションになる。

 

頑張れ年金、頑張れ日本。

 

 

 

新生活は最低限からのスタートが節約のコツ

新生活はミニマリストからのスタートがお勧め。

元新入社員として、現役転妻として、この記事には大賛成。

新生活全般に適用出来るコツだと思う。

diamond.jp

 

 新生活にあたり、「形から入る」という声をよく耳にする。

服、かばん、家具、諸々を一式揃えて準備万全にして臨むというスタイル。

しかし、経験上、これはまったく無駄なやり方だった。

服でもかばんでも、新生活を始めてみなければ、自分に必要な品物なんて見極めはできない。

店で勧められた品物が自分に合わなかったり、環境に合わなかったりすることは多々あろう。

職場によっては高いスーツが浮いてしまい仕事がやりにくかったりすることもあろうし、安物スーツも「ここでなら価格以上に良く見える買い物ができる」コツが、時とともにわかってくるかもしれない。

 

転妻からのアドバイスとしては、家具や家電製品を買うのは最後の最後でいいと思う。

初めは不用品を譲り受けたり、ダンボール箱で代用したりして、「これでは不便だ。あれが欲しい」と思った時点で購入すれば外れがない。

それまでは、暇さえあれば店を見たり、ネット通販のサイトを見たりして、自分に必要な品物を見極める段階を踏むと買い物の失敗が少なくなる。

 

新生活でそれどころではない、としても、GWやお盆になってから、ゆっくりと整えても遅くはない。

 

初めに気負って不要な物を買いそろえてしまうと、捨てるに捨てられず、サイトなどで欲しい人を募る手間の方がハンパない苦労になってしまう。

不用品の処分に手間取り、本当に欲しい品物が手に入らないなんて、これほどのストレスはない。

二重に品物を買ったり、倉庫を借りたりするために、無駄なお金もかかってしまう。

 

転妻カラスも転妻になる前は、「形から入る人」だった。

新しい部屋、新しい土地に合う品物をいきなり買いそろえて新生活に備えたものだが、

生活するうちに「これ別に必要ないじゃん? 邪魔なだけ?」になった物は数知れず。

 

先輩からの口コミも自分には合わないことも多かった。

例えば、雪国に住むことになり、雪道用のブーツが必要だよ、と教わったものの、雪道用のブーツは雪道でしか使えないので別の土地では無駄になる、雪とは無縁の地域で買った底がギザギザのブーツのほうが、どちらでも使えて便利だった、というようなケースもあった。

 

お湯が沸かせるケトルが必要だと聞いて買ったものの、

頻繁にお茶を飲まないなら、そのたびに少量ずつお湯を沸かすほうが楽だということもある。(ケトルやポットはキッチンが狭いと意外に場所をとるものだ。)

 

自分に合う道具は、自分にしかわからないし、同じ生活をしばらく続けなければ、それが見えない。

 

だから、ゆっくりと、時間をかけて、新生活で頑張った自分へのご褒美として、

GWからお盆頃までに

新生活の品物を揃えるペースでいかがでしょうか。

 

 

 

ドケチの対価

貧乏サラリーマンの

ドケチ生活の実態を

レポートします。

 

1 食費

 

転妻カラス家に

いくつかの出費が生じて(電化製品と車の故障など)

家計が火の車になった時期があった。

 

そのころ、「最低限の食費で暮らすとすると、我が家はいくらくらいだろう」と実験してみた。

 

お米をなるべくやめる(小麦粉のほうが相対的に安い)、野菜の種類は一回に二種類まで、お酒とお菓子をぎりぎりまでま買わないように、コーヒーは100円均一で…というようにした結果、

一人当たり一ヶ月17000円だった。(トイレ用品、殺虫剤などの日曜消耗品込み)

純粋な食費となると、月に15000円くらいか。

 

火の車の時期を経て、

現在の食費は、一人月に20000円ほど。これも純粋な食費だけなら、月に18000円くらい。

 

差額は月に3000円。年に3万円。10年で30万円の差額。

 

微妙な額である。何か目的があるのなら、この30万円で成し遂げられることはあるはずだ。

 

でも、漫然と「貯金したい」というだけなら、この3000円が、幸と不幸の分かれ目になるため、考え物。

 

ドケチ生活を実施していた頃は、ささいなことでカリカリした。

専業主婦なのにデパート通いしている知り合いを見ると、妬みでキーっとなったり、

居酒屋に吸い込まれていく集団を見てもイライラしたり。

精神的に病むレベルだった。

 

月に3000円。これで、お酒を飲みたいときに買って帰れて、たまに高めのコーヒーが飲めて、新顔のお菓子を試せる。

貧乏は楽しいと笑えるレベル。

 

この3000円を削ると、貧困生活の域に入っていくような気がした。

世間で「最貧困生活」と言われるのは、月に10000円。それを割ると三食食べるのが厳しくなる。(実家や親戚から米や野菜の援助がない都会暮らしの場合。)

 

我が家の場合は、月に一人18000円が限度だとわかった。

 

2 電気代

 

転妻カラス家では、年に冷暖房機を使うのは、年にのべ三ヶ月ほど。

酷暑の時期はエアコンを、極寒の時期は足元暖房器具を使う。

冬は、室内でもダウンジャケットを着込み、暖房を使うのは酷寒の数日のみ。

冷暖房費は、年間1万円ほど。

 

旦那は冷暖房をもともと使わないタイプで、空気の乾燥が嫌いだと言い、酷暑の日も酷寒の日も、器具を使わない。(本音は、妻以上のドケチ。)

 

シフト制休の転妻カラスは、旦那が休みの日にもパートに行くので、

帰宅すると旦那がテレビを観ている、ということがよくある。

 

酷寒はまだしも、酷暑の日に

澱んだ室内に旦那の体温までムンムン。

そんな中で夕飯の支度ができるか!!!

と騒ぎながら、エアコンをガンガン入れる。

 

年に1万円。10年で10万円。

 

そのために蒸し風呂で耐え忍ぶ…。転妻カラスはこれを却下する。

 

3 情報

 

転妻カラス家では、現在のところ新聞を購読していない。

ニュースはテレビとネットのみ。

これだと情報がどうしても狭くなりがち。

 

転妻カラスはビジネス系記事が大好きなので、

ビジネスマン向けや、経営者・投資家向けの配信をよく読んでいる。

そういうのを読むと、何となく、自分も成功者の一人のような、ステータスが上がったような、自己満足を覚えるのだ。

ちょっとの間だけ、貧乏主婦の自分を忘れられるというか。

 

すると、ブログの文体も妙に硬くなってきたりして。

これも情報が偏ってしまった弊害かも。

 

自分に関して言うと、

貧乏だと、どうしても世間が狭くなる。

付き合えるのは貧乏人ばかりになり、まわっている情報も貧乏な情報。

 

金持ちの知り合いも中にはいて、おいしいお酒の銘柄を教えてくれたりする。

 

大人ならば、そういう情報にもたまには触れる必要があると痛感することがある。

ちょっと裕福な人たちと話をすると、自分が何も知らないことに物凄く気付かされる。

 

教えてもらったお酒をバーで試してみて、「これがおいしいお酒か」と知るのも、大人には必要だと感じる。

 

高級な品物の価値。

これも、少しはブランド物を持っているので、それを使いこなすと、長持ちして飽きが来ないこともわかる。

 

世の中のトレンドにも触れなければ、世間知らずな人になってしまうかも? と感じることがある。

 

世間では常識のような情報を知らずに「この人はそんなことも知らないのか」と思われるのは、長い目で見ると人生の損失になる。

 

と、そんなことも一方では思いながら、倹約生活を邁進する我が家であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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企業の人事担当者も大変だ

転妻カラスは転勤について、企業と社会がもっと配慮して欲しいと何度も書いてきた。

 

企業人事からすると、文句があるなら辞めなさいという話に過ぎず、

 

人事担当者は、そんなことを言われても自分には何の権限もないという話で、

 

企業からすると、業務上やむを得ないという話だろう。

 

 

本当はこんなブログは無意味だろうと思う。

 

前にも書いたが、「転勤族」「転妻」がすべて同じ立場で、同じように不利益を感じるわけではない。

本人も家族も転勤を望み、それがステップアップにつながるケースも多いだろう。

不利益を感じて、配慮を望む転勤族は、全転勤族中の何割になるのか。そのへんは専門家ではないのでわからない。

 

ではなぜ、こんなにくどいブログを書いているのか。

 

転勤により不利益を被るケースがあまりにも多いのに、

その情報がほとんどマスコミでもネットでも伝えられていなかったから。

 

「転勤族? いろんなところに住めて友達もたくさんできて高収入。いいなーうらやましい」

 

という、マンガみたいな空想が転勤族のイメージとして定着してしまっているような気がしてならなかった。

実情は違う。こんなに過酷な一面があるということを訴えたいと思い、あえてネガティブなことばかり書いている。

 

転勤が嫌なら転勤のある会社なんて選ばなかったらいい。

辞めたらいい。

他人にそう言うのはとても簡単。

でも、転勤しないために転勤のない会社を選んで勤めても、その会社の経営方針が変わり、転勤が生じるケースも多い。

転勤が過酷だからと会社を辞めたら、明日からコンビニや宅配ドライバーで働くか。そういう決断はなかなか簡単にはつかないものだ。

こんな貧困時代ではなおさら。

転勤族の不利益を自己責任論で語られると非常に困る。

不利益を被っている転勤族が一人や二人ではないから。

 

転勤族の実情の一部が正しく広まると、結果的に企業人事のシステムも少しずつ変わって行くと信じている。

 

企業は常に、世の中の多勢に敏感。国もまた同じ。

世の中のムード、社会の空気が変わらない限り、転勤制度も変わりにくい。

 

転勤族が裁判を起こしてもほとんど勝ち目はない。

だから、何十年もの間、不利益がひたすら我慢されてきた。

 

かき消えそうな小さな声でも誰かが声を上げれば、少しは何かが変わるかも。

そうすれば、これからの転勤族たちが少しは楽になるかも。

そんな希望を持っている。

世の中が一ミリも変わらなくても、このブログをオバサンの愚痴を並べるだけの場にはしたくない。

 

 

 

転勤族と貧困

転勤族は高収入だという世間の誤解があるらしい。

もちろん、転勤があるだけの企業だから、さまざまな保障は充実していて、非正規社員よりは安定した生活ではある。

 

けれど、転勤族が年収500万~400万以下である場合は、貧困問題とも無縁ではいられない。

たぶん、世の中には年収300万で転勤命令を出す企業もあるだろう。

この場合は、働けど働けど、苦労しても苦労しても、どんどん貧困に陥るスパイラルが待っている。

 

その理由を経験者として書いてみます。

 

1 家族の生活費が足りない。

 

年収300万なら、何か事情(病気や親の生活援助など)がない限り、本人の生活は安泰だと思う。

ただ、妻と子供と親の誰かを養う場合は、到底足りない。

 

(転勤族には、親の元に帰省するための交通費や、電話代もかかる。

これは、地方から都会へ出ている方と同じ条件だから、ひとまず置いておくとして。)

 

転妻カラス家では、転妻の生活費の半分は転妻カラスが稼いできた。そうしなければ貯金がほとんど残らなかった。旦那の飲み会も行けないし、車も維持できなかった。(車は業務にも必要なため、なくすわけにはいかない。)

 

しかし、旦那の突然の転勤命令で、妻はそのたびにパートを辞めなければならなかった。

 

そこで、多くの転妻が在宅ワークを選択するが、

生活が安定するだけの収入を在宅で得るのは至難の業。

いろいろ調べたが、圧倒的に外に働きに出るほうが収入的には有利だ。

転妻が仕事を続けるとしても、高収入を得るのは厳しい。正社員で共働きはまず不可能だ。

 

子供の進学問題などで、単身赴任となれば、この先の費用が莫大になってくる。

二世帯の生活費。これは、会社が負担してくれない。夫婦のどちらかが相手のもとへ通う交通費も、ほとんどの会社が負担しない。

妻は単身で子育てをしながら勤めに出るしかない。

 

同じ低収入転妻仲間は、ご主人の単身赴任中に、子供を育てながら、パートをかけもちしていた。

早朝はコンビニ、そのあとはホテルのベッドメーキング。

今は、介護のお仕事に就かれている。

それでも、子供に習い事をさせるのが精いっぱいで、塾には通わせられないと言っている。

洋服はスーパーかユニクロが精いっぱい。

 

低収入転妻が専業主婦を望むなら、子供は持てない! これが現実だ。

働くなら、肉体労働を二つ掛け持ちするしかない。

または、親から援助してもらうか。

この方はフルでパートをこなしながら、さらに親御さんからかなり援助をもらっていたらしい。そうでなければ、低収入転勤族が子供を育てるのは難しい。

 

2 子供にも貧困のスパイラルが続く可能性が。

 

上の知り合いの場合、小学生の間は塾に通わせられないと聞いた。

中学生になれば通うかもしれない。が、進学塾は無理だ。

本人がよほど賢くなければ、ハイクラスの高校へ進学するのは難しい。

大学進学は無理。本人に努力してもらいバイトで学費を稼いでもらうことになる。

このような環境では、子供も高収入の仕事に就きにくいのではないだろうか。

 

もう一人、ご主人が単身赴任していた友達を知っている。この家の子供は私学に通い、公立大学に通っている。

ご主人は専門職で高収入だ。

子供を私学に入れ、大学に進学させる。これは、低収入転勤族家庭には不可能に近い話になる。

 

低収入の家庭であれば、転勤族でなくても同じなのかもしれない。

ただ、何度も書いてきたように、転勤族家庭は、妻の共働きで子供の学費をまかなうことが難しい。

それから、子供が帯同する場合も、離れて暮らす場合も、教育をどうするかが課題となる。

帯同するなら、国内であっても、地域により教育内容が違うため、移転すると進学に苦労するし、海外であれば言葉の習得の問題が出て来る。(英語は得意でも国語が不得手になりやすいとか。)

離れて暮らす場合は、何よりも費用をねん出する問題に悩まされる。

転勤族でなければ成し遂げられることでも、転勤族であれば不可能なことが多々でてくる。

 

低収入転勤族だから出来ない、と一概に決め付けるのも間違いで、

何の問題もなく乗り越えていかれている方々も多いと思う。転妻カラスは自分とまわりのよく知っている事例について書いているだけだ。

 

3 転妻が貧困に陥る危機。

 

転妻は普通のパートも続けにくいため、転勤のない主婦に比べると、生涯賃金が低くなりがちだ。

 

転妻なら手に職をという声もあるが、そもそも仕事を続けにくいのだから、どんな土地でもすぐに続けられる職なんてかなり限られてくる。

 

ということで、転妻は仕事を続けにくく、食べさせてもらっているという立場では、貯金も築きにくい。

 

単身赴任ともなればなおさら。

 

持ち家も、転勤により住めない場合は家賃収入を得る、という前提でなければ、購入できない。となると、都心部のマンションに限られるが、家賃収入でローンもまかなおうと考えると、そこそこのレベルのマンションを買うか、かなりの不動産知識が必要。

ということで、転勤のないサラリーマンに比べると、持ち家を持つハードルが高くなる。

 

家も貯金も持ちにくい。仕事もない。

そんな転妻の夫に万が一のことがあれば…。

 

転妻カラスはそう考え、常に仕事を見付けては働き、コツコツ貯金してきたのだった。

 

4 あくまでも、以上は転勤族の一例。

 

うちはそうじゃない! という転勤族も多いだろう。

転妻カラスは転勤の専門家ではないため、自分とまわりの数例しか実情を知らない。

だから、転勤族と転妻の話をしていても、「あらゆる転勤族が」という一般論にはならない。

 

ただ、ここで言いたいのは、

転勤がいかに家族の経済と将来に影響をもたらしているのか、

企業も認識する時期が来たのではないかということ。

 

言うまでもなく、もう昔のように、企業が終身雇用と安定した給料で社員を食べさせてくれる時代ではない。

日本に貧困者が増えれば、モノが売れない。最後に困るのは企業だ。

だから、社員の生活に配慮するのは、企業の義務ではないだろうか。

 

過去に何度も書いてきたように、

http://blog.hatena.ne.jp/urameshi/urameshi.hatenadiary.jp/edit?entry=6653458415120122390

不急不要の転勤を見直す

転居をともなう人事異動の発令は一ヶ月前におこなう。

社宅退去の通告は入居者に一ヶ月前に告げる。

ことを、配転の最低限のルールとするように

社会が変化して欲しいものだと願う。

 

 

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お金=幸せではないと推察したこと

貧乏な転妻カラスは

金持ちに憧れていた。

 

お金があれば、欲しい物は何でも買えて、やりたいことは何でもできると、想像して。

 

でも、年収500万から1000万ゾーンは、幸福度がもっとも低いゾーンでもあると聞いた。

 

このゾーンは、稼ぐのに辛い思いをしていながら、辛い倹約もしなければならない立場なので、幸福を感じにくいのかもしれない。

 

あるとき、デパートの入口で友達と待ち合わせをしたことがあった。

転妻カラスが時間を間違えたため、そこに30分座っていた。

そして、気が付いた。

入ってすぐの服飾雑貨売り場を行き来する女性たちが、皆、どんよりとした「不幸そうな」顔をしていたのだ!

 

どうしてだろう。この人たちはデパートで買い物しようと、ブラブラできる余裕のある人たちなのに。どうして、不幸そうな顔をしているのだろう。

 

いっぽうで、通勤に利用する電車に乗っている人たちはどうだろう。不思議なことに、ここで見かけるサラリーマンやバイト帰りらしい女性たちは、さほど不幸そうには見えない。

幸せそうという感じもしない代わりに、格別不幸という感じにも見えない。

 

とても不思議だったので、転妻カラスと似たような貧乏暮らしをしている友達に話してみた。すると、

「私も似たようなことを感じたことがある。通っているフィットネスクラブに一人だけセレブの奥様がいるんだけど、彼女ちっとも幸せそうに見えないんだよね」

 

そこで、お金持ちが幸せではない理由を二人で分析してみたのだった。

 

1 お金持ちはお金で得られる満足の度合いが低い。

 

我々のような貧乏人であれば、スーパーで100円のお菓子を買っても、おいしい、嬉しい、と思える。

ところが、お金持ちは、一流の高級グルメ店で食事をしても、嬉しいどころか、「この店はまずい。あっちの店の方がいいワインを出していた」などと、絶えず不満が湧いてしまう。

行きたいお店に我慢しないですぐ入れる分、満足度も低い。

 

のでは??? と、貧乏人は想像した。

 

2 お金持ちはお金で自分を縛る傾向がある。

 

これは見ていて「不便そうだな」と感じる。

まわりに何人か、今もお金持ち、または、昔金持ちだった知り合いを知っている。

彼女たち(金持ち男性の知り合いがいないため、すべて女性)の特徴は、

プライドが高く、身なりの価格で自分を表現しようとすること。

だから、デパートでそれなりの価格の服を、常に買い物していて、まわりに見せびらかしている。

そんな風に常にまわりから評価されたいと願うのは、不便なことだろう。

いちいち賞賛してくれる相手を見付けなければならないのだから。

この貧困時代では、素直に賞賛してくれる友達はなかなか見付かりにくいと思う。

 

何より、収入が減っても、同じことを続けていれば、たちまち貧困に落ちてしまうのが痛い。

現実にそういう知り合いがいて、キャッシングをくり返し、自己破産するか? 生活保護か? という話が出ていた。

 

収入が減ったら、支出も減らせばいいのに? なんて、貧乏しか知らない転妻カラスは簡単に思うが、

お金の密の味を知っている人にとっては、倹約することが物凄く強烈なストレスなのだろう。

 

姑もこのタイプに属する。そこそこいい家の生まれで、貧乏を知らなかったタイプ。

服の贅沢はやめたようなのでマシだが、食べ物の贅沢がひどい。

年金生活なのに、日々の食費に1000円以上かけてくれている。そして、息子夫婦に泣きついているわけ。

そんな使い方をしていれば、どんな金持ちでも破産します。

ということが、元金持ちにはわからないらしい。気の毒な話だ。

 

3 自分を高める努力をやめることができない。

 

逆説のようだが、お金持ちは怠けることができない。

パートに行かなくてもいい代わりに、自分を表現するには、買い物するか自分を磨くしかない。

買い物には虚しさがつきまとうし、自分磨きにはきりがない。

例えば、エステで美を追求しても、モデルみたいに完璧に美しくなれるはずはないし、習い事で上を目指しても、プロになんてまずなれない。

 

その点、勤め人はマシだ。

仕事はどんな人でもそこそこのレベルは満たすことができる。

もちろん、完璧にこなすなんて無理だが、努力を続ければ、自己満足とまわりの満足をある程度は得られる。

その職場では無理だとしても、仕事のレベルと給与を下げれば、自分に見合う仕事は必ずあって、頑張ればそこそこ満足が得られる。

その上、お金をもらうという満足がある。

 

このような結論を出して、お金持ちに憧れるのをやめてみた。

 

貧乏人の負け惜しみだ。

 

そして、これも貧困に陥ってしまえば、こんなのん気なことは言っていられなくなるのかもしれない。